テスラコイル設計学 ~パワーデバイスの選び方
こんにちは, かもめ(Hkat)です。
今回は, 前回の1次コイル設計法に続きテスラコイル設計学第2課 「パワーデバイスの選び方」についてメモ程度に書いておきます。
下記の「余談」 の部分は, あまり電気初心者には向かない内容を書いていますので, 分野かじりかけの人などは参考にしてください。
パワーデバイスとは
パワーデバイスとは, 小さな電力で大きな電力を制御する半導体デバイスのことです。
簡単に言えばスイッチのようなものですが, 使い方によってはONとOFFの中間の状態を利用することもできます。
このONとOFFの中間の状態はテスラコイルにおいては全く使用しないどころか, 避けるべき状態なので本記事では紹介しません。
テスラコイルでよく使用されるパワーデバイスは, IGBT (絶縁ゲートバイポーラトランジスタ : Insulated Bipoler Transistor) や, MOSFET (金属酸化膜電界効果トランジスタ : Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor) があります。
両方ともゲートという端子に電圧を印加することでC-E間(D-S間)の抵抗を変化させON/OFFを制御するデバイスで, BJT (Bipoler Junction Transistor) と違いベース電流を流す必要が無く, ゲートのコンデンサ構造に電荷を注入するだけの電流で十分であり, 制御回路の設計が楽なのが特徴です。
(テスラコイルのように高周波でスイッチングするような回路の場合, 結果的にゲート電流が数Aなど大きくなる場合がしばしばあります…)
テスラコイルにおけるパワーデバイスの役割
SSTCやDRSSTCのような半導体テスラコイルの場合, パワーデバイスの役割は直流電源をスイッチングし, 矩形波交流を作り出して1次回路に供給することです。
テスラコイル中で特に大きな電力を扱う部分のため, パワーデバイスの選定には注意しなければいけません。
テスラコイルにおいては、この矩形波電圧をインバータ回路(ブリッジ回路, 主回路)によって作り出します。
このブリッジ回路はハーフブリッジ構成とフルブリッジ構成があります。(OLTC : Off Line Tesla Coil の場合などを除いて)
ハーフブリッジ回路ではパワーデバイスの数が2つで足りますが, 交流電圧を生成するために静電容量がそろった2つのコンデンサネットワーク(分圧コンデンサ, voltage divider capacitor)が必要です。
フルブリッジ回路では分圧コンデンサが不要な反面, パワーデバイスが4つ必要になります。
DRSSTCでは消費電力の点から, ハーフブリッジだと放電が伸びる前にこの分圧コンデンサの電圧が低下し, 放電が満足に伸びないでしょうから, フルブリッジ回路をおすすめします。
パワーデバイスの選び方
まず, MOSFETかIGBTかの選択ですが, これは製作するテスラコイルの共振周波数と電力を見積ったり, 入手性から決めるしかないでしょう。
高速なテスラコイル(MHz級)にはMOSFETが向いています。
これは, IGBTにはターンオフ時(C-E間が導通状態からOFFになる瞬間)に"テール電流"という電流が流れてしまう為です。
余談 : テール電流という現象は, IGBT内の少数キャリアがターンオフ時に再結合を起こすために生まれるもので, IGBTの構造上無くしようがありません。
IGBTは, ゲート-エミッタ間に印加する電圧を0にしてもしばらくは完全に導通状態が解除されず, テール電流という電流がコレクタに流れます。
このテール電流はIGBTの高速な領域でのスイッチングを不向きにする要因で, 高周波での損失を増加させます。
MOSFETは多数キャリアデバイスであり, このようにテール電流が流れることは無いので, ゲートを十分に充放電できれば高速動作が期待できるのです。
余談 : が、高速動作時では"セルフターンオン現象"に注意が要る場合があります。高速動作時には, D-S間電位が急峻に立ち上がるために, G-D間容量とG-S間容量により決まる変位電流がゲートに流れ, ゲート電圧が生じます。これにより, MOSFETが意図しないタイミングでONする現象です。G-S間に抵抗を入れるなどして電流を逃がす必要があります。
逆に, 大電力を要するようなDRSSTCや大型なテスラコイルはIGBTが向いています。
IGBTにはある程度の短絡耐量があり, MOSFETよりも大電力のスイッチングに向いています。
(バイポーラトランジスタは伝導度変調により, 大電流時にはC-E間は特に低抵抗になるという理由もあります。)
テスラコイルにおいては, IGBTの特性の方が向いていることが分かっています。
MOSFETを使う理由は実際あまりないですし, 大型テスラにおいてはモジュールタイプのMOSFETは高価で入手性が悪いですからね…
テスラコイルのように瞬間的に大電流を流すような動作にはIGBTが向いています。
IGBTの選び方
ここではIGBTに絞って話を進めます。
まずIGBTの諸特性について説明します。大切なのは, なによりデータシートを熟読することです。
これから一つずつテスラコイルにおいて重要そうな特性をかいつまんでいきます。
・最大ゲート-エミッタ間電圧 Vge
最大ゲート-エミッタ間電圧 Vge は, 書いて字の如くIGBTのゲート-エミッタ間に印加できる電圧の最大定格値です。
IGBTはゲート構造がとても薄い金属酸化膜によって構成されており, 等価的にコンデンサで表現できます。
パワーデバイスメーカにおいてはゲート酸化膜の耐圧はおおよそ 80[V] 程度になる厚さで設計されてはいますが, 安全性と信頼性をとるために低めの最大定格値が定められています。
IGBTの平均的なVgeは±20 [V] ですが, テスラコイルでIGBTを使用する場合は大体±24 [V] 程度でゲートを叩きます。
これは, ゲートのコンデンサ構造を充電する時間はゲート電圧に依存するため, 高い電圧で確実に充電し可能な限りスイッチング速度を稼ぐためです。
余談 : 前述したとおり, ゲート酸化膜構造は約 80 [V] 程度で破壊します。高速でスイッチングするならギリギリまで上げれば良いという考えに至るかもしれませんが, これはまた別の問題をはらんでいます。ゲート電圧が高くなりすぎると, IGBTのn+層からn-層への正孔の移動量が増加するため, スイッチング損失が増加し始めます。MOSFETにはこの効果はありません。
・入力静電容量 (ゲート容量) Cies
IGBTのゲート構造はコンデンサと等価となっていると説明しましたが, そのコンデンサの静電容量です。
この容量が大きいと, ゲート電圧あたりの充電時間が余計にかかり, さらにゲートドライバは大きな電流を流さなければなりません。
逆にゲート容量が小さいと, ゲート電圧あたりの充電時間が短く済むため, 高周波での駆動が楽になります。
ゲートの充電にどれだけ時間がかかるかや, 駆動周波数によりどれだけのゲート電流が必要かは, 自分で実装するゲート抵抗の値とゲート容量により構成される RC 直列回路の過渡解析より概算が可能です。
・ゲート-エミッタ間しきい値電圧 Vge th
コレクタ電流が流れ始めるゲート電圧のしきい値です。
ですが, この電圧だけゲートに入れればよいという訳ではなく, 実際には十分に電流をながせるだけのゲート電圧が必要です。
コレクタ電流に対してゲート電圧が十分かどうかは, Vge - Vce(sat) のグラフを見れば判断できます。
Vce satが十分に低くなるゲート電圧 Vge を入力することが最低条件となります。
(下図の例では, ジャンクション温度25℃においてコレクタ電流240Aを流すためには, 最低11.5Vのゲート電圧が必要なことを示しています。)
・最大コレクタ-エミッタ間電圧 Vces
ゲート電圧が0 [V], つまりIGBTがOFFの状態でのコレクタ-エミッタ間の定格電圧です。
これはテスラコイルのインバータ回路に入力する電圧(バス電圧)を制限する要素の一つです。
テスラコイルの放電を伸ばすにはバス電圧を上げて1次回路への入力電力を増すのが簡単な方法ですが, この Vce 以上のバス電圧を入力することはできません。
しかしVce 600 [V] のIGBTだから600 [V] を入れても大丈夫というものでもなく, 安全のために多少の余裕をもっておく必要があります。
インバータ動作時にはバス電圧にサージ電圧(スパイク電圧)が重畳される為です。
特に, テスラコイルのような大電力を高速でスイッチングする場合はバス電圧の2倍以上のスパイク電圧が生じることもあります。(後述するソフトスイッチングによってこのサージ電圧を低減可能です。)
・コレクタ-エミッタ間飽和電圧 Vce sat
コレクタ-エミッタ間飽和電圧とは, IGBTが完全にONしたときにコレクタ-エミッタ間に残ってしまう電圧のことです。
本来, スイッチとしてはON時にはC-E間電圧が 0 [V] になるのが理想的なのは理解できるはずです。
実際半導体デバイスの限界として完全に 0 [V] にすることは不可能で, 実際には完全ON時でもVce satで示される数V程度の電圧がかかっています。
Vce sat はIGBTで生じる損失, 発熱の目安になります。
IGBTでは, Vce sat とコレクタ電流の積の導通時電力損失が生じますので, 大電流を扱う場面ではVce sat が低いIGBTを選ぶことが重要です。
・最大コレクタ電流 Ics
コレクタに流せる電流の最大値です。
IGBTにもよりますが, 大体連続最大コレクタ電流とピークコレクタ電流が決まっています。
連続コレクタ電流(DCコレクタ電流)は, 連続で流せるコレクタ電流の値になります。
当然, 放熱が適切に施されている場合の話です。
ピークコレクタ電流は, おおよそ1msで定義されていますが, 短い間に流せる最大のコレクタ電流の値です。
・ターンオン遅延時間 (Turn on delay time)
ゲート電圧が上昇してからコレクタ電流が上昇するまでに要する遅延時間です。
ゲート電圧を印加した瞬間にコレクタ電流が流れるわけではないということに注意が必要です。
・立ち上がり時間 (Rise time)
コレクタ電流がOFF時からONになるまでにかかる時間です。
・ターンオフ遅延時間 (Turn off delay time)
ゲート電圧を下げてからコレクタ電流が下降するまでに要する遅延時間です。
・立ち下り時間 (Fall time)
コレクタ電流がON時からOFFになるまでにかかる時間です。
余談 : 上記時間系の特性に関しては, 実は正式に電圧が何%から何%になるまでの時間, とかの正確なルールがあるのですが, 実際のところ運用環境により変化するので気にしてもあんま意味ないですし, 書かないことにしました。
・パッケージ
IGBTのパッケージは, 主に放熱の観点から重要な要素です。
データシート上で大電流に耐えられそうな表記になっていても, それはあくまで「適切に放熱できていたら」の話です。
例えばTO-220パッケージのIGBTに連続コレクタ電流が100A保証されていたとしても, ヒートシンク無しではそんなのは不可能で, 実際には数秒程度で破壊するでしょう。
また, シリコンダイが耐えられてもパッケージが耐えられない場合というのも多いです。
シリコンダイがどれだけの電圧電流に耐えられるかを「シリコン制限」, パッケージがどれだけ耐えられるかを「パッケージ制限」と呼びます。
データシートには大抵シリコン制限の値が表記されているので, パッケージが目標の動作に耐えられるかどうかは実験や熱インピーダンスを計算するなどして見積もっておく必要があります。
DRSSTCのように数百Aの電流を断続的ながらも流す必要がある場合は, モジュール品を使うのがベターでしょう。
モジュール品はディスクリート品に比べて放熱板(ヒートスラグ)の面積が大きく, また熱容量も大きいため発熱を穏やかにすることができます。
といっても, しっかりと制御と放熱がなされている場合は中型DRSSTCでも TO-247 程度のパッケージのIGBTで間に合うことがあります。
・安全動作領域 SOA
安全動作領域 (SOA : Safe Operating Area)とは, IGBTを破壊することなくドライブするための指標になる特性です。
コレクタ電流 Ic とコレクタ-エミッタ間電圧により与えられ, 主にIGBTがON, OFFの状態を遷移する際に重要な特性となります。
スイッチング過渡時のIcとVceがグラフ中の線で囲われた領域を飛び出すと, IGBTは破壊します。
SOAのグラフからIGBTのドライブを評価するには, 以下のように過渡時のIc, Vceをプロットします。
この図では, Vceに100 [V] を印加した状態で, ON時には10A付近の電流が流れる状態を想定したものです。
図のように, ターンオン時の軌跡とターンオフ時の軌跡が一致するとは限りません。
負荷や入力の状態によっては, この軌跡がSOAを超えてIGBTの破壊に至る可能性があります。
グラフ中の 10us, 100us, 1msの表示は, その領域を超えることを許容する時間です。
つまり, この例では100usまでなら Ic = 100[A], Vce=100[V] の瞬間が許容されます。
ソフトスイッチング
IGBTをスイッチとして用いる場合, 雑なタイミングで ON, OFFすることによりコレクタ-エミッタ間にサージ電圧が生じます。
これはリアクタンス性負荷がある場合に, 急激に電流を切断することで生じるものです。
このサージ電圧はIGBTのVcesを超え, 時にはSOAから大きく外れてIGBTを破壊します。
ですが, 負荷がLCで構成されている場合は「ソフトスイッチング」という技法を用いることができます。
これは, LC負荷に流れる電流が振動することを利用し, その電流がゼロになるタイミング, もしくは電圧がゼロになるタイミングでON/OFFを切り替えてやり, 損失や過酷な条件を減らそうというものです。
負荷電流が流れているタイミングで電源をON/OFFする状態を「ハードスイッチング」といい, 急激な電流変化により負荷リアクタンスからの高いスパイク電圧が生じます。
このスパイク電圧は, IGBTを破壊するのに十分な電圧になる恐れがあり, 防ぐべきものになります。
DRSSTCの場合は, 都合の良いことに1次回路がLC共振回路であるため, 1次回路に流れる電流をカレントトランス(CT)で拾い, タイミングよくブリッジ回路を切り替えることでソフトスイッチングを実現できます。
負荷電流がゼロの時に切り替える技法を「ゼロ電流スイッチング(ZCS)」, 負荷電圧がゼロの時に切り替える技法を「ゼロ電圧スイッチング(ZVS)」と呼びます。
DRSSTCでは主にZCS動作になるよう調整を行いますが, 実は厳密にはZVS動作になります。
ソフトスイッチングをするメリットは, パワーデバイスにダメージを与えにくいということです。
ハードスイッチングにより生じる高電圧サージはIGBTを簡単に破壊します。
SOAグラフを用いると下図のような軌跡をとるためです。
高圧スパイク電圧により, スイッチング時にVceおよびIcが跳ね上がり, SOAを超えます。
これでは, テスラコイルとしてもパワーをほとんど出すことができません。
余談 : 意図的にハードスイッチングさせ実験をすると, あるテスラコイルではバス電圧20V時のスパイク電圧はピーク120Vにも達しました。スパイク電圧の高さはバス電圧に対して非線形な関係をとるので正確ではありませんが, 単純に比率で考えるとすればこの状態では600V耐圧のIGBTを使ったとしてもDC100V程度のバス電圧しか入れることができません。
ソフトスイッチング時のSOAは以下のような軌跡をとります。
スパイク電圧が生じないことに加え, Icが0Aの時にスイッチングを狙うことで安全動作領域内にしっかりとおさまっています。
このように, ソフトスイッチング動作をさせることで, パワーデバイスの最大コレクタ-エミッタ間電圧と最大コレクタ電流をフルに活用することができます。
IGBTの速さ
テスラコイルを製作するにあたり気にしなければならないのが, 作るテスラコイルの共振周波数に対してIGBTのスイッチングが追いつくのかどうか, でしょう。
小さいテスラコイルを作ると, どうしても共振周波数が高くなり高速なパワーデバイスが必要になります。
卓上サイズだと大体350kHz~、手乗りサイズではもっと高い周波数に対応したIGBTが要ります。
IGBTの速さを見極めるには, まずゲート容量を見ます。
ゲート容量が大きすぎると, 高周波でのスイッチングにより大きなゲート電流を流す必要があるのでゲートドライバの設計が大変でコストもかさみます。
できるだけゲート容量の小さいIGBTを選ぶ必要があります。
目安としては, ピーク200A程度のIGBTモジュールならゲート容量 20nF 以下くらいはほしいかなと思います。
どうしても高耐圧&大電流のIGBTはゲート容量が大きくなりがちなので, ゲート容量が小さいものを探すのが大変です。
ゲート容量が十分小さければ, 次に立ち上がり時間 Rise time, 立ち下り時間 Fall time , ターンオン遅延時間 Turn on delay time, ターンオフ遅延時間 turn off delay time を見ます。
それらの和の2倍の逆数がおおよその最高周波数となります。
例として, CM300DY-24AはRise timeが180ns, Fall time が 350ns, Turn on delay timeが550ns, Turn off delay timeが600ns となっており, 計算より298 [kHz] 程度が限界であるという目安が立ちます。
余談 : この計算方法は正確ではありません。なぜなら, ゲート波形や負荷電流の状態, ジャンクション温度によりこれらの時間は全く変化するからです。あくまで目安程度に。
ですが, 実はデータシートの速度に関する特性は「ハードスイッチング時の」表記になっています。
(ソフトスイッチング用をうたうデバイスはソフトスイッチング時の表記になっている場合が多いです。)
ソフトスイッチング時には, 諸特性の表記を大幅に超える動作が期待できます。
上記計算方法により算出した限界周波数の 2~5倍かそれ以上の周波数まで駆動可能であることが分かっています。
SSTCなどでは大して電流を流さなくて良い反面, このソフトスイッチングの恩恵を受けることができませんので, 小さなテスラコイルを製作する際はデータシートに従った選定が必要です。
余談 : ソフトスイッチング時に駆動可能周波数が上がる理由は, IGBTのn-層に残る正孔が関係しています。ゼロ電流時には正孔の残る量が少ないため, スイッチング時に再結合する正孔の量も少なく, 素早くn-層の電気伝導度が増加し, データシート表記よりも高速にスイッチングできます。
このように, ソフトスイッチングによる恩恵はとても大きいので, DRSSTCを製作する際にはまずこのソフトスイッチング動作を目指すことからスタートになります。
まとめ
今回はテスラコイルにおいてパワーデバイスの選び方をIGBTにしぼって解説しました。
結論としては, 製作するテスラコイルのサイズから共振周波数を見積り, ゲート容量や諸特性から適切に判断することが大切です。
あとは, 先人の意見がかな~り重要になってきますので, 海外フォーラムなどを参考にすると良い意見が得られるかもしれません。